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サーフィン の 歴史

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Updated: August 1, 2022

ハワイでどのようなスポーツが発明されたかご存知ですか? 「既にその答えを知っている!」という人もいるかもしれません。では、なぜこのスポーツがハワイの日常に欠かせないのか、その理由を探ってみましょう。

サーフィンは、形を変えながら何世紀ものあいだ存在していました。その起源は、古代ポリネシアまでさかのぼります。現代のサーフィンは、人が波をキャッチできる場所であればどこでもできますが、古代では必ずしもレクリエーションとして行われるものではありませんでした。正確な起源は特定できませんが、サーフィンについて現在私たちが知っていることから、多くのことが推測できます。

確信的なのは、サーフィンが古代ポリネシア文化において、一種の宗教的意義をもっていたということです。サーフィンは単なるスポーツではなく、生き方そのものでした。古代のタヒチ人やサモア人は、戦士の戦闘訓練法としても、サーフィンを取り入れていたそうです。現代のサーフィンのように、気楽に楽しめる雰囲気ではなかったようです。

サーフィンが人生の一部になっている人にとって、その歴史と起源はサーフィンを美しくユニークなスポーツだと感じる理由の一つになるでしょう。サーフィンがどのように生まれたのか、そして今日までどのように発展してきたのか、その道のりを振り返ってみましょう。

サーフィンはいつ発明された?

サーフィンの歴史を証明する最も古い証拠は、12世紀のポリネシアまでさかのぼります。古代のサーフィンの様子が描かれた洞窟壁画が発見されています。古代ポリネシア人が、彼らの文化の一部としてハワイにサーフィンを伝え、そこからサーフィンがポピュラーになっていきました。

最初にサーフィンが始まったのはいつ頃なのかを正確に知ることは不可能ですが、少なくとも何百年も前だったことは分かっています。ポリネシアの文化は、海と深い関わりがあります。海と共に生きる古代ポリネシア人にとって、カヌーも水泳もサーフィンも、生活の一部だったのです。

では、サーフィンが最初に目撃された確かな証拠はあるのでしょうか? 最も有名なサーフィンの記録の一つは、1778年にタヒチ人のサーファーたちを目撃したというヨーロッパ人、ジェームズ・クック船長の日記です。クック船長と乗組員たちは、タヒチの男たちが木の板で波に乗っているのを見て驚愕したといいます。

クック船長の日記には、太平洋の航海に関する多くの貴重な情報が記されています。船上のヨーロッパ人たちは、それまでサーフィンのようなものを見たことがありませんでした。彼らは、その男たちが波によって海岸近くのゴツゴツした岩に叩きつけられるのではないかと心配したといいます。

もちろん、そのタヒチ人サーファーたちは、海や波の扱いを知り尽くした文化に生まれ育っているので、岩に到達する前にボードから飛び降りました。しかも笑顔でそれをしていたそうです。彼らにとって、太陽の光とサーフィンは日常のことだったのです。

「その男が操る板は、波の上をとても速く滑るように走り、彼は最高の喜びを感じていたと結論づけずにはいられない」

ジェームズ・クック船長

いつ、誰が、木の板を海に浮かべて初めて波に乗ったのか、おおよその検討しかつきませんが、ボードがどのように使用されていたのかについては、多くのことが分かっています。古代ポリネシアでは、誰がいちばんサーフィンが上手いかで部族の首長を決めていたという話が、いくつも伝えられています。首長候補者にとっては、大きなプレッシャーだったに違いありません。

これまでのことを要約すると、このスポーツは12世紀以前から存在していて、間違いなく18世紀までにはポリネシア文化の中で華ひらいていました。そこからサーフィンは、今日のような高い運動能力が試される競技として、またはストレス解消にもってこいのアクティビティとして進化していきました。

サーフィンはどこで生まれた?

紛れもなくサーフィン発祥の地は古代ポリネシアですが、そのなかでもハワイほどサーフィンで知られる場所は他にありません。

誰かに「ハワイで最もよく知られているものは何だと思いますか?」と尋ねれば、ビーチ、アロハシャツ、ウクレレ、サーフィンが間違いなく最も人気のある回答でしょう。

ほとんどの証拠が、サーフィンの起源はポリネシアであることを示しています。けれども、これには諸説あって、もしかするとインカ以前の文明が起源ではないかという議論もありました。ところが、その水上用の乗り物は、サーフボードというよりもスタンドアップパドルボードに近いことが、後に判明したそうです。   

古代ポリネシア起源説を支持する別の証拠として、このスポーツの文化的つながりが挙げられます。サーフボードでパドリングをして1日中過ごしたことがある人なら、それがかなりハードな持久力テストのようなものであることを知っています。ですから、ポリネシアの戦士が鍛錬のためにサーフィンをしたというのも、驚くことではないのかも知れません。

サーフィンには多くの運動能力と強さが必要とされるため、古代ハワイでは部族の首領を決定する方法としても利用されていました。

現代のアスリートは、楽しみのため、腕前を披露するため、またはプロとしてスポンサーシップを獲得するためにサーフィンをします。サーフィンが上手なことを証明できたら、古代ハワイで支配者になれたかもしれませんね。

サーフィンを発明したのは誰?

最初のサーフセッションがいつ試みられたのか、そもそも誰がそのアイデアを思いついたのか、正確に知る手がかりはなく、真実は暗闇の中です。サーフィンを創造したのは古代ポリネシアが起源であると推測されていますが、それでも推測の域にすぎません。

残念ですが、それがいまの私たちに分かる答えのすべてです。

最初のサーファーに関する情報は限られているので、その次に私たちができること、誰がこのスポーツに命を吹き込んだのかを、その歴史と共に振り返ってみましょう。

ヨーロッパからの最初の入植者がハワイに渡ってくると、サーフィン文化の多くが失われてしまいました。キリスト教徒の入植者たちは、ハワイの人々がサーフィンすることを完全に禁止してしまいました。

それでも、サーフィンはハワイ文化にとって非常に不可欠なものだったので、人々がサーフィンを完全にやめることはありませんでした。どれだけヨーロッパ人に禁止されても、良い波がたっていたら、ハワイの人々は楽しい時間を無駄にしたくなかったのです。19世紀の終わり頃になると、ハワイで観光業が発展し始め、サーフィンが観光資源として大きな復活を遂げました。

世界中の人々がサーフィンの素晴らしさに気づき始めたことは、ハワイの観光業にとって喜ばしいことでした。

近代サーフィン初期における最も著名なサーファーといえば、デューク・カハナモクをおいて右に出るものはいないでしょう。1890年生まれのデュークは、当時最高のサーファーの一人であり、熟練したオリンピック泳者でもありました。

アスリートとしての彼の名声が一定のポイントに達したとき、デュークは自分のスキルを紹介し、サーフィンへの愛を広めるために、世界ツアーに出かけることにしました。

デュークはカリフォルニアからオーストラリアまで、あちこちを巡ってサーフィンを披露し、何千人もの観客から熱い注目を集めました。彼はたった1人で、ハワイのサーフィンの伝統を世に広めていったのです。

デュークがサーフィンを発明したわけではありませんが、サーフィンはまぎれもなく彼が残した大いなる遺産であり、彼の影響力はサーフィンの歴史の中でいまも重要な役割を果たしています。

彼の熱意と運動能力のおかげで、サーフィンはこれまで以上に世界の注目を集めました。サーフィンの歴史の中で「サーフィンの父」の称号に値するのは、デューク以外には考えられないでしょう。

サーフィンはどうやって有名になった?

よくよく考えると、これは奇妙な質問かもしれません。逆にサーフィンのような素晴らしいものが、人気がでないわけがないような気がします。それでも、サーフィンは短期間で大人気になったわけではありませんでした。サーフィンがスポーツとして広まり始めたとき、それを世界的なヒットに押し上げたいくつかの重要な要因がありました。

ヨーロッパ人の入植者がハワイの人々に禁じたため、19世紀にサーフィン文化は風前の灯となりました。人々のサーフィンに対する熱意が大きく欠如したこの時代は、サーフィンの歴史の中で「暗黒時代」と呼ばれています。それでも、サーフィンの灯は完全に消滅することはなく、人々は隠れてサーフィンを続けていました。

1800年代後半にハワイの観光業が華開くと、多くの旅行者がサーフィンを試そうとハワイにやってきました。サーフィンへの関心が高まるにつれ、ジャック・ロンドンやマーク・トウェインのような著名な作家もサーフィンに挑戦するようになりました。誰もがこのエキサイティングな「新しい」スポーツを体験したいと思う時代が、ついに到来したのです。

前述のデューク・カハナモクはまた、アメリカとオーストラリアの両方でサーフィンを広めるための様々な活動を行いました。そうやってサーフィンのスーパースターたちが現れて活躍するうち、サーフィンは1960年頃にプロスポーツへと昇格します。一旦高まりをみせたサーフィンへの関心の波は、次から次へと旋風を巻き起こしたのです。

1960年代を通じ、サーフィンはメディアへの露出のおかげで、ますます巨大になり続けました。ビーチボーイズのようなバンドが、海、太陽、サーフィンのもつ楽しい雰囲気を歌ったユニークなサウンドで一世を風靡したのもこの頃です。

この人気が、アメリカ西海岸のサーフシーンの成長を促すきっかけとなり、それと同時にアメリカ人のハワイ熱を加速させる結果となりました。1959年にハワイがアメリカの州になると、ハワイで波乗りを楽しもうと、大勢のアメリカ人観光客がハワイのビーチに押し寄せました。

そこから、サーフィンはさらに成長を続けました。現在サーフィンは世界中で人気の高いスポーツで、波をキャッチできる場所があれば、どこでもサーフィンが行われています。そしていまも、サーフィン文化が生まれた場所でサーフィンを楽しもうと、毎年大勢の観光客がハワイを訪れています。

ハワイの文化と歴史におけるサーフィンの役割とは?

サーフィンのことをハワイ語で「ヘエナル」といいますが、これには「波の上を滑る」という意味があります。

最初のサーファーたちが海と強いつながりをもつ社会から生まれたことは、当然なのかもしれません。けれども、古代ポリネシア人にとって、サーフィンは楽しい時間を過ごすためだけのものではありませんでした。今日のようなスポーツとして楽しむサーフィンと違って、それははるかに深刻なものでした。

たとえば、彼らの文化では、上流階級と下層階級の間に驚異的な違いがありました。社会のあらゆる側面が、カプ(禁忌)によって制度化されていて、階級によって食べ物の栽培方法、食事をする場所、サーフィンが許可されている場所などが決められていました。

当然のことながら、最高の波が立つスポットを独占したのは首長と上流階級の人々でした。庶民にもサーフィンしてよいエリアがありましたが、王族のサーフスポットに足を踏み入れるのはタブーとされていました。最高のうねりを独り占めできるなんて、なんと羨ましいことでしょう!

サーフィンができる場所に加えて、ボードの長さもカプの制度によって定められていました。庶民は12フィートの短いサーフボード、上流階級の人々は24フィートのロングボードを使用しました。現在のような、お気楽なサーフィンスタイルとはまったく違っていたようです。

これらすべてのルールを見ると、逆に首長たちが庶民のサーフィンを完全に禁じなかったのはなぜかという疑問が湧いてきます。幸いなことに、サーフィンは当時のハワイ社会における精神的なつながりの象徴でもありました。神々への祈りの方法としてサーフィンを行っていたわけです。その結果、サーフィンの儀式的重要性が高まりました。

サーフィンは、自己を証明し、上流階級内で尊敬を得る方法でもありました。サーフィンは己れの強さ、いかに波を操れるか、技術を誇示する場だったのです。その頃のサーファーも現代のサーファーと同じようにアドレナリンラッシュを感じていたに違いありませんが、当時は波に乗るのは笑い事ではありませんでした。

今日はカプの制度は施行されなくなって、誰でも好きなボードでサーフィンできるようになりました。サーフィンがハワイの歴史に深く根ざしているという事を、お分かりいただけたでしょうか? あなたがサーフィンに精神性を見出しているかどうかは分かりませんが、良い波に乗れるよう祈ってみれば、その望みが叶うかもしれません。

初期のサーフボードはどのように作られた?

古代ハワイの社会には、人生の様々な場面で守らなくてはならない厳格な規則がいろいろとありました。これらのカプ(禁忌)は、サーフィンをしていい場所だけでなく、ボードの作り方やサイズにまで及んでいました。当時のサーフィンは、それだけ真剣なものだったのです。

サーフボードを作ることは、神聖な作業であり、きっちり慣習に則したものでなければなりませんでした。当時のハワイでは、サーフボード用に、コア、ウル、ウィリウィリの3種類の木のいずれかを使いました。木を選んだら、サーファーは木を掘り出し、掘り出した後の穴には、供物として魚を捧げていました。

これらの儀式が終わると、地域の専門職人がその木をサーフボードに仕上げました。古代ハワイのサーファーは、80kg近い巨大なボードを海に運ばなければならなかったそうです。驚きの重さですね! 

その頃は社会的ステータスも、ボードの長さを左右しました。長いボードの使用が許されたのは上流社会の人々だけで、庶民は短いボードを使っていました。ボードの形状も階級を示す指標でした。どんなに望んでも、これらのルールに反する行いは許されませんでした。

古代ポリネシア人は海とつながりの深い生活を送っていたので、木工や船の製造に関して豊富な経験がありました。最高のサーフボードを作る方法を知っているだけでなく、釣りのためのいかだやカヌーの造り方にも熟練していました。

サーフボードに関連する社会的規範は、階級制度の崩壊とともに消滅しました。今日では、好きなボードを使って、いつでも好きな場所でサーフィンすることができます。古代サーフボード作りの伝統は、今日の基準で作るのはかなり厳しいのですが、サーフィン自体はいまも大切なハワイ文化の一部として親しまれています。

現代のサーフボードの多くは、ポリウレタンやポリスチレンフォームで作られています。また、現代の技術はサーフボードの操作性と耐久性を最大化するデザインを可能にしています。最も重要なことは、波をキャッチするために80kg近いボードでパドルする必要がないことです!

まとめ

最後に、サーフィンの歴史については、いまだに答えの分からない部分がたくさん残っています。古代ポリネシアの社会では、サーフィンがライフスタイルと宗教の面において、重要な役割を果たしていました。また、現代のように多くの人に知られ、愛されているスポーツというよりも、はるかに深刻な意味をもっていたことが分かっています。

現在と当時の違いはあるものの、多くの共通点が残っています。世界中の人が、自分自身に挑戦し、アクティブに体を動かし、海に入って、波に乗るスリルを味わう手段としてサーフィンを愛し、楽しんでいます。

波をつかむ。一度その感覚を体験したら、悩みなんて、みんな忘れてしまうはず!

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